「異邦人」を読んでみた

スポンサーリンク

きょう、ママンが死んだ」で有名な異邦人を拝読しました。

物語の要約。
ムルソーの元に母の死を伝える電報が届く。その知らせを受けたムルソーは養老院へ母の埋葬に向かう。始終、ムルソーは母に対して涙することもなく淡々と事を済ませ、翌日ムルソーは何事も無かったかのように生活し、挙げ句の果てには旧知の女性と情事に至る。ある日、ムルソーは友人レエモンのトラブルに巻き込まれアラブ人を射殺する。裁判にかけられたムルソーは公判で殺害理由について「太陽が眩しかったから」と供述。結果、裁判長、陪審員はムルソーを死刑宣告する。死刑宣告されたムルソーのもとに訪れた司祭のお告げを尽く否定しする。ムルソーが残された望みは自身が断首刑にかけられる時、人々が自分に浴びせる罵声のみ。

本書で学ぶことができることは、人間の不条理
不条理とは、道理が通らない。つまり、人として正しい行いが出来ているかどうかということ。
本書ではムルソーは人を殺めます。しかも殺人の動機に「太陽が眩しかったせいだ」と支離滅裂な供述をしています。人を殺めることは世間一般に非道徳的な行動です。結果としては人を殺していますが、この言葉に含まれる本意は「決して殺したくて殺したのではない」というように私はとりました。その人間が世間一般的な道徳心を持ち合わせているとして考えた場合、理性を通り越して非道徳的な行動をとることはあり得ると思います。そして思うにそれはある条件下に置かれた時に起こる可能性が非常に高いと思います。そのある条件下とは、「非日常的形而上」なシチュエーションです。
例えばムルソーの場合、地上を燦々と照らす太陽。波打つ海。日に照らされ熱された砂浜。その眼前にいるアラブ人。
普段ほぼ触れることがない強い個々が入り乱れ集まり、正常な思考ができなくなる。故に、道徳的・非道徳的境がぼやける。人は背徳のある事柄には滅法弱いと再認識しました。

参考文献

・異邦人(アルベール・カミュ 著)

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク