「幸福論(第1部)」を読んでみた

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幸福とは何か?

これは私達「人」にとって永遠の問題であると思います。多くの場合「人生が幸福であったかどうかは、持論で言うと死ぬときにならないと分からない。」と言われます。故に、幸福であったかどうか?幸福とはいかなるものか?その答えは人生の終末にならないとわからないものだと。
私はそうは思いません。幸福であるという感情はその瞬間に起こりうるものであり、単にその事象が日常化し慣れているため、それが幸福であるということに気づいていないだけだと考えます。

そんな中、今回、拝読したヒルティ著の幸福論では「仕事」、「幸福」、「宗教」とはどういうものか?ヒルティ自身の考えが述べられており私の考えと鑑みて考察することができました。

ヒルティの考える仕事とは下記のようなものです。

【仕事】
そもそも人は怠惰な動物である。ここが多くの方が間違えるところであるが、人の本当の幸福は自由気ままな状態から得られるものではなくむしろ、有益な活動から得られるものである。つまりこう言い換えることが出来る。人は元来働くようにできている動物であると。これから言えることは、最大の不幸は仕事を持たずに一生の終わりに成果を見ることができないことである。

ヒルティは仕事は幸福に深く直結しているという考えから、下記6つの仕事術を挙げています。

①怠惰の防止
ある事柄またはある特定の人々に対する「愛」と「義務感情」から働くようにすべきである。

②習慣づけ
最初は億劫であり苦痛であるものは、習慣化すると次第に怠惰の抵抗は弱まりそれが欠くことのできないものとなる。つまり、物事は何事もやりはじめることが大切である。

③やりはじめの抵抗感
最初に難しいことから始めるべきではない。むしろ簡易的なものから入るべきである。少しずつ事に慣れていき、今日のために働く習慣をつけると良い。明日はひとりでにやってくる。それと共に明日の力もまた来る。

④働くことに対する元気・感興がなくなった場合
それ以上働くことをやめること。それは仕事自体をやめるのではなく、特定の仕事を中止することである。

⑤多く働くために
無益な事に時間を費やすことは避けるべきである。

⑥精神的な仕事の有効化
繰り返し行うことが大切である。(いくどもやり直すこと)
そうすると、最初はそのものの輪郭しか見えていなかったものが細部に渡り見えるようになる。

【幸福】
齢、六十年、七十年、あるいは健やかであっても八十年であるが、その生涯はたとえ辛苦と勤労であっても、なお尊いものであった。これが幸福である。とヒルティは説いている。
これは私も賛成です。かの有名な「アルケミスト」のスプーンと油の話を彷彿とさせます。幸福でる過程には「苦」「家族」「友人」など多くの経験や支えがあるからこそあるということです。

生きていくうえでは、「喜び」もあり「怒り」もあり「哀しみ」もあり「楽」もあります。ひとえに楽しいことだけが幸福なことではなくすべてを包括して幸福というべきだと考えました。

※宗教に関しては、率直に読むことが苦痛でした。なぜなら私は無神論者なので、神が根本にある考え方には賛同できないので割愛します。

参考文献

・幸福論 第1部(ヒルティ 著)

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