「罪と罰」を読んでみた

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ロシアの著名な文豪であるフョードル・ドストエフスキーの「罪と罰」を読んでみました。エピローグを合わせると約1000ページ程の長編小説です。ざっくりとした物語の内容は殺人を犯した主人公ラスコーリニコフの心情が人との付き合いによって変化していくという内容。あまりこういう類いの小説は読んだことが無いので読了後は様々なことを考えさせられました。素晴らしい物語の内容だけでなく、当時(1800年代後半)のロシアの社会的な風潮を背景に書かれているのでロシアの歴史にも触れることができました。

さて、殺人者もとい主人公である、ラスコーリニコフの犯罪に対する初期の心情は下記のような変わった考え方でした。
一の悪行は百の善行に償われる
世の中には凡人か非凡人しかいない。非凡人は選ばれた人間であり、新たな世の中の成長の為なら道徳を踏み外す権利を持つ
つまり、世の中にいる非凡人(特質した人間)は、世の中の成長の助長の為の行為が道徳に反することであっても許されるべきである。なぜならそれは世の中に対する善行であるから。
ラスコーリニコフはこの信念の元、強欲な金貸しのお婆さんの殺害を決意。が、その場に居合わせた関係の無いお婆さんの妹までも殺害してしまう。
ここから彼は、毎日自分の行った行為は正しかったのかどうか苦悩します。ふとした縁で苦悩の日々を送る彼の前にソーニャという娼婦が現れます。彼女は家族の為に自分の体を売って生計を立てる決意をした女性です。ドストエフスキーは、彼女の人間性に惹かれます。なぜならドストエフスキーもソーニャも互いに状況は違えど一歩踏み外した者同士だからです。ドストエフスキーはこの出会いにより自分の信念のもと行った行為を悔い改めるようになり、最終的には自首します。

登場人物が多く、話がとんとん進んでいくため最初は戸惑うことが多いかもしれませんが、読み終わった時の充実感と言ったら言葉にできませんでした。この小説は謎が多いところもあり、ミステリアスなところが多々あるところも素晴らしいです。
私自身「罪と罰」で考えさせられたことは、ラスコーリニコフの犯罪心理に関してです。つまり、世の中の成長の為ならば人を殺すような道徳に反することは許されるのかどうかということ。私はこの考えに関しては反対です。何故ならば、道徳に反する行為は必ず誰かしらの反感を買い負の連鎖を生むと考えるからです。非凡人が正義の為にやったことだとしてもそれは全員にとっての善行ではなく、一部の人にとっては悪行であり、かならず因果応報として悪い結果として帰ってくると考えます。

また、この小説を読んで初めて知った言葉があります。
ラスコーリニコフ症候群
まさかこんな症候群があるとは思いもしませんでした。まさに上部で記述したような心情です。要約すると、浅はかな考えのために自分の信じた信念は違っていたということ。
この症候群の名前、内容は今後忘れることは無いです。

参考文献

・罪と罰(フョードル・ドストエフスキー 著)

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