「私とは何か」〜「個人」から「分人」へ〜 を読んでみた

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人は多くの顔を持っています。

親に見せる顔。
友人に見せる顔。
先生に見せる顔。
上司に見せる顔。
祖父母に見せる顔。

思えば、それぞれの顔で見受けられる、喋り方、表情が違うことに皆さん気がつくと思います。そして、これだけ多くの顔を持っていると一体どれが本当の自分でどれが嘘の自分なのか疑問に感じると思います。僕もそんな疑問を持つ一人です。著書ではそんな疑問を著者である平野啓一郎氏が作られた「分人」という造語を基に説いていく内容でした。

まず、この「分人」という言葉がとても大好きになりました。ここで言う分人とは、
上記した、様々な顔。全ての顔が本当も嘘もないその人自身であること。つまり個人とは1(個人主義)ではなく、その人がもつ分人で形成されているという考え方(分人主義)です。

分人は、人とのコミュニケーションにより生成・形成され、その人を表す「個人」はその分人の構成比率に当たるということ。この考えには非常に感銘を受けました。この「分人」は対人とのコミュニケーションにより生成・形成されるが故、対人関係の悩みに対して非常に大きな貢献をします。例えば、いつもいつも理不尽なことを言う嫌いな上司がいたとして、上司に見せるあなたの分人は確かにあなたにとって嫌な分人であると思います。ただ、この「分人主義」の考えに沿ってみると「分人」は一つでないのでその分人に注力を注ぐ必要な無いということです。その他に持つ「分人」で自身が好きな「分人」を足場とすればいいと考えることができます。
この法則性はまさに2:6:2の法則性にも似ているところがあると思います。一番向けたほうがよい視点の先はどこか?一つの物ごとに囚われず、広い視野から物ごとを見て捉えるとものの見え方・考え方も変わってくるものと考えます。

人は人と接して生きていくことがマストです。そのため、対人の悩みが苦になって体を壊したり、自暴自棄になったりすることが多いです。自分が嫌い、会社で嫌なことがある、そんな悩みを救ってくれる「分人」という考え方は、そんな悩める人にとって非常に素晴らしいと思います。

参考文献

・「私とは何か」〜「個人」から「分人」へ〜(平野啓一郎 著)

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