「愛するということ」を読んでみた

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とある日、本を探しに書店内を回っていたら気になる本と出会ったので購入しました。書籍名は「愛するということ」。ちょうど自問自答で「愛」とは何かという疑問に答えることが出来なかったので一体どのような考えが書かれているのか気になって拝読しました。

結論から言うと、「愛」という言葉に対する考え方が180度変わりました。著書にもありますが、「愛するということは受動的なものではなく、能動的であるということ。愛することは技術である。」この部分は、「愛」に関する以外にも言えると思います。私も含め多くの人は、どうしても受動的な姿勢になっている場面が多いと思います。例えば、身近な例で言うと「読書」。「読書」は、本を読んで学ぶ、という受動的な姿勢が首尾一貫することがほとんどだと思います。ですが、真なる読書は「本に問いかける」という能動的な姿勢であると考えます。なんでもかんでも対象から無条件で恩恵が与えられるということは無いということです。

話が飛躍しましたが、愛で言う能動的な行為は、「愛する人の幸せや成長を願い、それらを己が持つ愛の技術を使って支援する」こと。結果として、「愛は与えることが与えられる」ことに繋がるということです。先程から出てきている「愛するという技術」。これは、対象への幸せや成長を願い支援すること。この技術は皆さんが生まれた時から今まで培われてきたものです。父母、祖父母から友人から先生から、様々な人と会ってみなさんは自己形成され今の皆さんがあると考えます。勿論、その工程が芳しくない場合は「愛」するという行為が崩壊する可能性が高いです。

また、多くの人が言う「私が愛する行為に対し、見返りが欲しい」という願望は、非常にナンセンスだと考えます。「私があたなに対してこれをしたからこうするべきだ」という義務的な主張を愛する人に求めることは如何なものでしょうか。そうではなく、前述したように、「愛は与えることが、即ち与えられる」という考えに帰結するべきです。見返りばかりを求めると、自身も相手も倦怠すると思います。

多くの人が考える「愛」。人それぞれ様々な考えがあるかと思いますが、エーリヒ・フロムが唱える「愛」は非常にしっくりきました。

参考文献

・愛するということ(エーリヒ・フロム 著)

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