「ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか」を読んでみた

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最近は「人」の心理や構造にかなり関心を持っています。この本を取ったきっかけは、「なぜ殺し、なぜ助け合うのか」というタイトルに純粋に惹かれたからです。

殺すという行為。
猿は、群れの乗っ取りに成功した時に同種他個体の子供を殺すみたいです。しかし、同属種を殺す行為をとる生物は「人間」のみらしいです。同種族を殺すという行為は、長い目で見るとその種族を滅ぼす可能性もあるのに一体なぜ?

人が人を殺す原因としてここでは主に2つ挙げます。
残虐性のあるゲームをプレーすることによる殺人衝動
脳・細胞・遺伝子による殺人的思考

残虐性のあるゲームをプレーすることによる殺人衝動
殺人をメインとするゲームをプレーすることにより、バーチャルとリアルの見境がつかなくなるのではないかということ。しかし、実験・統計的なデータによると、決して殺人系のゲームをしたからと言って人を殺すということに結びつく可能性は低いという結果が出ています。
ただ、違うところで人の行動に影響がでているようです。それは協調性。人を助けるという行為が極端に少なくなるようです。
残虐性のあるゲームが殺人に結びつく可能性が低くても、協調性に欠陥が出ることは人として生きていく上で影響は大きいです。いずれにしても残虐性のあるゲームは控えた方が良さそうです。

②脳・細胞・遺伝子による殺人的思考
残虐性のあるゲームをプレーすることによる殺人衝動の確率は低いと分かりましたが、脳・遺伝子レベルで殺人行動を見ていくとどうでしょう?
人間の脳内・神経では、様々な命令伝達が行われています。確かに脳や神経が行動の司令塔ならば、殺人行動や衝動に関係していると考えて良さそうです。
「ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか」では、以下3つのホルモン、神経伝達物質のバランスが崩れていると殺人を起こしやすいという結果が出ていると書かれていました。

テストステロン(無鉄砲さ)
コルチゾール(思慮深い)
セロトニン(衝動性)

どれかが極端に少なく、極端に多いようなアンバランスな構造だとブレーキが効かず衝動的に殺人を起こす傾向があるようです。
ただ、人間の行動は教育、その土地の文化などによって変わる場合があるので一概にこれが正しいとは言えません。

次に、遺伝子レベルで見ていくとどうでしょう?
私達の先祖が狩猟をして暮らしていた時代に遡って考えます。恐らく、その時代はいくつもコミュニティが存在して縄張り争いがあったと思います。もちろん協力関係のコミュニティもあったと思いますが、時として人を殺さなければいけなかった。なぜならば、自分のコミュニティスペースを守らなければ自分たちが死ぬから。語弊があるかもしれませんが、殺人はその時代では必要行為だったと思います。
このことから、直接的では無いと思いますが、この闘争的な遺伝子が殺人行為の助長になっている可能性も無きにしもあらずだと考えます。

ここまで殺人の話ばかりでしたが、人間は本来協力し助け合う生き物です。そして書籍の中にもありましたが、殺人は年々減っています。時代とともに協力する人が増えた理由は、逆に協力せず規律を乱すものを淘汰してきた結果だと言われています。確かに頷けます。

最後に、「性善説」と「性悪説」とありますが、僕は「善」も「悪」も人の中にはあると考えます。ただ、個人的には筆者が言うとおり人間は「善」なる生き物だと信じたいです。

参考文献

ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか(川合伸幸 著)

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